子供が欲しい

最近、というか少し前からだろうか。子供が欲しい。高校三年生の時の日本史の先生が授業中に言っていた。「自分1人のためだけに生きてるのがつらくなる。子供がいればわたしを必要としてくれるの。」と。その当時は、そうなのか?と思っていてが、最近もっぱらその言葉の意味がわかってきた気がする。

ーーーーー私の生きる意味とは?ーーーーー

(病んでいない、今は)

なんだか自分を肯定してくれる存在が欲しい。お母さんお父さん親戚の人たち。友達、たぶん肯定”派”ではある。しかし、今わたしのことだけを肯定してくれる人が欲しいのだ。唯一無二の存在になりたい、しかし私利私欲で子供を産んでも育てられないというのがオチだ。適当に産むことは容易い。産むだけなら、だ。

 

まず相手が必要であることは言うまでもない。顔は整形するのである程度は気にしない。しかしデブの遺伝子はいらない。ダイエット大変だからね。あとわたしがバカであるため頭がいい人であることが条件だ。親は悲しむかもしれないが土下座して産ませてもらおう。海を散歩したりしてのんびり暮らして行きたい。本当に。子供欲しいわけよ。遊ぶの我慢するからわたしのことを誰か必要としてくださいよ。本当なら好きな人との子供が欲しいわけですが、あとちょっと70年くらい生きていける自信ないからさ、子供欲しいのよ。私利私欲かもしれない、でもちゃんと育てる自信がある、自分の子供ならば。

もしかしたら、次見た時このブログのカテゴリが子育てになってるかもしれないよ